美利河温泉



  学生のころ教科書の地図帳の中に温泉印の付いた「ピリカ温泉」を見つけて、
「ピリカ」という響きの言葉に惹かれ、
それ以来、心にあたためていた憧れの温泉。

昭和50年11月 当時休業中だった『美利河温泉』を訪れた。





美利河駅
無人の美利河駅    昭和50年11月

瀬棚線昭和62年3月廃線(国縫〜瀬棚)




  当時、美利河温泉はランプの宿の『東條旅館』として知られていた。
 ダムの湖底になるという新聞記事を見て、思い切って汽車でいった。

 宿とは連絡が通じないため、事前に周辺の農家へ電話連絡したところ
 「宿主の東條さんは山から下りているけど、風呂だけは入れるよ」と教えてくれた。
                (東條利夫さんは昭和49年まで経営に当たっていた。 今金町史より)

 なんとかなると思い国縫から国鉄瀬棚線(現在廃線)に乗り換え美利河駅で下車し、
 未舗装の細い道を約8キロ、美利河温泉まで歩いた。
 牛が放牧されていて牧草地を通り過ぎるとさらに細い山道になる。
 周辺はブナ林で、途中、熊すべりの磐と言われているとこを過ぎていくと突然、開かれた盆地に建物が現れた。
 旅館は窓や扉には板で釘が打たれ、中の様子はわからない。
 建物外観をカメラで写したが、この写真だけは真黒になって何も写っていなかった。





美利河温泉内風呂
美利河温泉内風呂  昭和50年



 美利河温泉の湯小屋は、宿から少し離れたところにあり、とても簡素な造りで内風呂が一つあるだけだった。
 湯はぬるく、湯船の石が足裏にあたりチクチク痛い。
 体を湯船に沈め、湯口から注がれる湯音を聴きながら長い時間湯に浸かった。


 長湯しすぎたので、急ぎ走るように美利河駅まで戻る途中、
 キジ撃ちをしているのだという、無骨な村田銃のような鉄砲を持った老人と出会った。
 温泉の話しなど詳しく聞きたかったが、汽車の時間が迫っていたので少しだけ立ち話をして別れた。
 この日は列車で二股駅まで戻り、二股ラジム温泉に泊まった。

 




美利河温泉(旧東條旅館)〜現在は今金町町営「奥美利河温泉山の家」として営業再開 


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