宮澤賢治と札幌の種苗店



札幌第一農園
札幌農園
札幌興農園



20年ほど前から園芸熱に取りつかれ、
毎年3月になると、札幌駅近くにあった種苗店に通うのが楽しみだ

最近の華やかなガーデニングブームの中、流行の植物が目まぐるしく変わっていくが、
80年以上も前に、今でも目にすることが難しいような園芸植物を
育て販売していた宮澤賢治には驚かされる。

賢治が残したメモや手帳の中に札幌の種苗店の名前が記されている。
大正から昭和にかけての賢治と繋がる札幌の種苗店について
想いを巡らせてみたい。


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花巻温泉南斜花壇


賢治が昭和2年に設計、造成した『花巻温泉南斜花壇』の種苗購入予定の中に
札幌第一農園の名が書かれている。

札幌の農園から取り寄せたことは意外で、もしまだこの農園が現存しているなら
是非訪れてみたいと思い探してみた。


         『花巻温泉南斜花壇』は花巻温泉の北側に位置し、
         冬はスキー場になる場所。現在はバラ園となっていて、
         賢治設計の日時計花壇が再現されている。



  種 別  数 量  価 格円  開花年度  用 別   取寄先
ローングラス   15斤     15 本年以降 芝生播種 札幌第一農園
鈴蘭 3000芽     20 明年以降 仝 栽植
羽衣甘藍    2勺      1 本年度 仝 点植用 第一農園
 
昭和2年4月9日冨手一宛手紙より 南斜花壇所要種苗表一部抜粋







札幌第一農園



札幌市内で古くからある種苗店に問い合わせても、80年近く前のことなので札幌第一農園について
知った人はいなかった。
ただ唯一分かったことは、札幌第一農園は田上義也(タノウエヨシヤ)と言う著名な建築家が設計した
建物であったこと。

札幌第一農園は大正15年(1926年)に増改築により田上義也によって竣工されたモダンな建物で、
昭和5年(1930年)には、また田上の設計により円山に新築移転している。
この2つの建物は、現存していない。

宮澤賢治が取り寄せに選んだ種苗店だけあって、当時の札幌でも最先端をいくようなハイカラな店で
あったようだ。
札幌第一農園についてもう少し詳しく調べて、建物があった場所などを訪れてみたいと思う。

 
  田上義也(1899〜1991) アメリカの建築家ライトが手がけた旧帝国ホテルの建設に
                   携わった後、昭和初年頃より北海道で数多くの建物を設計し
                   活躍した建築家。

                      参考図書 井内佳津恵著 『田上義也と札幌モダン』



       
 二  一九二六年作品  札幌  農園

  街の中に建てられたる seed stre
  東南の隅を砕いて入口となし、入口に続くショップ。
  ショップに関連せる事務室は南西のグリーン ルームと接続し、
  草花の隙間を通して外部を」柔らかく視覚する。単純なる切妻の
  屋根は西面の平屋より延び上がり階上に『招き』を構成し、視覚的平俗を破る。

                     田上義也建築画集
                     昭和六年二月十三日発行
                     発行所 建設社  (ライフ社 復刻版) より









札幌第一農園 1929年頃 札幌第一農園のあった場所 2003年
札幌第一農園(1929)年頃
現在の様子(2003年10月)
           クリックで拡大、詳細ページへリンクします

札幌第一農園があったと思われる場所(札幌市中央区南2条西13丁目)は、周辺にある
病院の看護師寮や会社の事務所などが入った雑居ビルが立ち並んでいた。
大通り公園の最先端から2条南側にあたり、交通量の多い道路から少し離れ、落ち着いた感じがする。


『札幌第一農園』 園主 安部信明氏系譜


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羅須地人協会関係メモ


賢治が書き残した羅須地人協会関係メモの中に、札幌の種苗店関係の名前が書かれてある。

この5軒のうち現在営業しているのは、札幌農園札幌興農園と思われる。



   札幌市大学植物園前
           札幌農園
   札幌市南五条西十四丁目
           札幌種苗農具合資会社
   札幌市大学正門通
           北海道種苗農具株式会社
   札幌市北三条ビール会社前
           富国園
 ◎ 札幌停車場前
           札幌興農園
 ◎ 札幌市南二条西一三丁目
           札幌第一農園

羅須地人協会関係メモより







 札幌農園



札幌農園は現在 札幌市中央区南24条西11丁目で『サッポロノウエン』とカタカナ表記に変わって営業している。

種専門店として、在来種の種の保存や育成にも力を入れて、ネットでの販売も幅広く行っている。

                   http://www.sapporonouen.co.jp/




現在の店舗(2003.9)
           歴史を感じさせるプレート
サッポロノウエン
     札幌農園 プレート



昭和初年頃のカタログが保存されていないかご主人に伺ったが、
何度かの引っ越しで散逸してしまったようだ。


賢治がメモした頃の札幌農園の所在地は
札幌商工人名録   大正14年版  北6条西6丁目(北6条西5丁目)
             昭和 4年版  北3条西7丁目1


店舗は昭和元年頃に札幌駅の西側から、植物園近くに移転したようだ。




札幌農園 地図
昭和2年札幌市住宅地図より

   右中程に 札幌農園 (北3条西7丁目1) 

   左は    札幌市大学植物園
             (現 北海道大学植物園)



          現在の地図
          




『サッポロノウエン』のご主人から見せていただいた「札幌の種苗業者一覧」表の1部
統制以前と書かれてあり、黎明期の覧に草分け的な存在である札幌興農園が載っている。

とても貴重な資料で額に入れられ大事に保管されていた。


札幌の種苗業者一覧 札幌の種苗業者一覧







大正7年の札幌農園のカタログを偶然見つけた。(2008.1.1)
専用の振替注文用紙や、封筒も残っている。


賢治がメモに残した年代より少し前のものになるが、
当時流通していた品種や、農機具などを見ることができ興味深い。



『札幌農園報』 春の巻


札幌農園報 カタログ

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札幌興農園



札幌興農園は現在札幌駅に直結するビル、JRタワースクエア エスタ
(札幌市中央区北5条西2丁目) の2階で営業している
2007.11.30現在


                              
札幌興農園 エスタ店

今はオフシーズンのためクリスマス用の鉢花などが主で、暖かくなると種や
店に続く屋上で花樹苗や山野草など色々な園芸用品が多数販売される
         2005年、2007年の“Tearful eye”で使用した苗
             ブラキカムの1部はここで購入した。





             札幌興農園は札幌農学校出身の小川二郎氏により明治26年に創立された。
            種苗農機具の販売で、海外からの輸入種や、道外の在来種や種苗生産など。
            明治39年には北4条西3丁目に、デパートの前身となる赤レンガ造りの店舗、
            「五番館札幌興農園」を構える。



               小川氏は牧草栽培の研究や農業経営の指導などに力を注ぎ、酪農業、機械化農業の先駆者的存在だった。
               また自費で大通り公園を芝生にし、花壇を作って現在の基礎をつくった。


               賢治が種苗などのカタログを取り寄せした大正から昭和にかけて、札幌興農園の成功や需要により、
               札幌では多くの種苗店や農園が設立された。
               花巻と同じような気候の札幌の種苗店で扱うものは、賢治にとって魅力的なものであったと思う。


当時のカタログは写真で残されていて、「札幌西武」で保管されている。



須戸 和男著 「札幌興農園百年の歴史」より
五番館時報
昭和5、6年の、種苗・農具部門のカタログ 
五番館時報
上部種のページ抜粋

クリックで拡大表示します




            1951年 (株)札幌興農園設立。
           1977年 北3条西2丁目に興農園ビルを竣工、駅前店閉鎖し新ビルへ移転。


           1997年経営母体が変わり、江別市で「札幌興農園ガーデンセンター」などで営業。
  

                                 2003年4月 江別市
        札幌興農園 ガーデンセンター
  札幌興農園 花えらび



その後ここも閉鎖され、現在は農業生産法人となり札幌市北区屯田町でエスタ店と共に、
店舗販売(北区はシーズンのみ)を行っている。 (2007年11月現在)






札幌で最初のデパート『五番館札幌興農園』は
1909年経営の行きづまリにより小田良治が引き継ぎ、のちに『五番館』とし、
1988年には、西武百貨店と業務提携し『五番館西武』
1997年には吸収合併され、『札幌西武』に変更された。
『五番館』と言う名は現在ロフト館7階『五番舘赤れんがホール』に残っているだけだ。




(2007.12.9)
                               
札幌興農園ビル 2007.12.9 
                      
 『五番館赤れんがホール』 プレート
現在の興農園ビル(北3条西2丁目)
屋上に温室がまだ残されているようだ
ロフト館7階のホール前、
レンガの柱に 館銘板が残されている





プレートに書かれている挨拶文

  五番館は北海道で最も古い歴史をもつ老舗百貨店として開店しまし
  た。1894年(明治27年)前身は、種苗や農機具を販売し、1899年(明治
  32年)には札幌駅前の現在地に赤レンガづくりの店舗を建て、1906年
  (明治39年)に洋品雑貨類も加えたデパート 「五番館」 として誕生し
  ました。
  全国に先駆け、女性の採用や現金販売方式・顧客の託送サービスを
  取り入れる等 「進取の精神」 と 「お客様優先の精神」 を常に心が
  け札幌の街に常に新しい息吹と感動を伝えてまいりました。
  五番館100余年の歴史に彩られた数々の実績とその革新的な精神
  を大切にし、ここに 「五番館赤れんがホール」 として後世へ伝えて
  まいります。

                              1997年8月26日 






                             ◆参考図書 須戸 和男著  北海道農業の歴史と発展を共にした
                                          「札幌興農園百年の歴史」



ハーブに興味を持ち庭造りを始めた1989年当時の興農園は,
珍しい輸入品の園芸用品やハーブの苗その他種や球根などの品揃えは1番で,
農家で使う専門的な道具を見るのも珍しく楽しかった。
駅前店がなくなると知った時は、とても残念に思った。







2009年9月30日 『札幌西武』は閉店した。

『札幌興農園』もこの3日前、2009年9月27日に営業を終了し、エスタ店から撤退していた。
偶然とは思えないほどの不思議なめぐり合わせを感じる。

『五番館札幌興農園』の名は全て札幌駅前から消え去った。
これで1893年 (明治26年)から100年以上にわたり、変遷をしながらも営まれてきた
札幌のデパートの、歴史の一幕が終わったということになるのだろうか。



『五番館』の館銘板は北海道開拓記念館に資料とともに寄贈され、開拓記念館収蔵陳列室に展示されており、
         http://www.hmh.pref.hokkaido.jp/
『札幌興農園』は石狩市生振のみで営業を続けている。
                                             (2009年12月現在)


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『札幌興農園』 資料

             (2012年1月 追記)



札幌興農園 店舗 明治38年

札幌興農園  札幌区南二条西1丁目7番地  明治38年1月頃の写真
(明治38年(1905年)1月2日、日露戦争に於いて旅順が陥落したことによって)

日の丸の旗と門松など年始と重なり、祝賀一色の玄関。

『祝旅順陥落』と大きく書かれた看板と 『満州行牧草』の看板が見える
店の両脇に積んである牧草は、軍馬の為に送られる物なのだろう。
五番館札幌興農園 赤レンガ店舗 明治39年

五番館札幌興農園  札幌区北4条西3丁目 明治39年(1906年)
赤レンガの店舗を新築

様々な品物を扱い、デパートの前身となり、別に札幌興農園種苗部が設けられる。
札幌興農園 法被姿で

年代不詳(草創期と思われる) 札幌興農園の法被を着ての1枚
法被の背中部分には、肥料 農具 と染め抜かれているのが見える。

     写真提供 綾田様 (興農園草創期の一員 綾田貫五氏の御家族様より)




黎明期の札幌興農園の設立については、小川二郎氏を中心に、綾田貫五
氏、本郷敏慎氏の3名が主だったメンバーだったと思われる。


明治44年(1911年) 『五番館札幌興農園』から、小川二郎が完全に離れる
と、綾田貫五氏も辞め 同年農学士長屋平太郎氏と共に、『札幌植産園』
設立した。

同じく本郷敏慎氏も、『本郷種苗園』 年代不詳 を設立させた。

札幌興農園が初めて種の採取を専業的に行い、その後改良品種が作られ良
質の種が採取できるようになり、道内の他本州へも出回るようになった。




『札幌植産園』種苗カタログ

札幌植産園カタログ 『植産月報』 大正7年
札幌植産園カタログ 『植産月報』 大正7年

『札幌植産園』カタログ
『植産月報』 大正7年1月1日春の巻 84号
札幌大通西10丁目4番地   園主 綾田貫五

絵画のようにブルーが美しいカタログの表紙
一般的な野菜 果物 花の種を販売する他、
機械 農具の直輸入に力を入れていたようだ

『植産月報』は道立図書館で保管していたものをコピー







                    札幌興農園 カタログの変遷

『札幌興農園』 農業雑誌 「農家の金庫」
『札幌興農園』 農業雑誌 「農家の金庫」
『農家の金庫』    札幌興農園

明治37年(1904年)第41号 表紙 月刊誌

20から30ページ程の小冊子で、
農業雑誌として1冊五銭で販売していた

内容は農業の経営 外国の農事情 専門的な栽培や
酪農について等多岐にわたり、専門的で質が高い。

農具 機械 馬具 種苗などの品は
後ろのページに掲載されている。

小川二郎氏は『牧草論』という本を出版たほど
牧草に力を入れていたので、
牧草の種は大きな扱いになっている。





『五番館時報』
『五番館時報』

『五番館時報』      
昭和6年9月20日(1931年)第220号  「燕麦食の研究号」

燕麦の栄養から食べ方、調理方法、等が書かれている。
燕麦を精米するための様々な機械が紹介されている


『五番館時報』第220号は4ページのみ道立図書館で保管されていたものをコピーした一部分





『札幌興農園』 種苗カタログ 昭和30年札幌興農園カタログ
 『札幌興農園』 種苗カタログ 昭和30年

『札幌興農園のたね』 種苗カタログ
昭和30年(1955年)春季

札幌興農園は昭和26年(1951年)五番館より独立する。
店舗は、札幌市北4条西3丁目1(札幌駅前)

カタログには、元五番館種苗・農機具部と記している。
牧草の種のページ

野菜 花 果物の種が写真入り掲載され、
後ろのページに農器具や機械等が
紹介されている


『札幌興農園』のカタログは、「黒松内町ブナセンター」様が保管していたものをコピーして頂いた





                 参考図書  須戸 和男著    北海道農業の歴史と発展を共にした
                                         「札幌興農園百年の歴史」

                          「札幌之人」   編 札幌 鈴木源十郎  1915年

                                 「北海道人名辞書」 北海道人名辞書編纂事務所  1914年





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